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まず、はじめに(3)両親が沖縄で過ごした32年
父は沖縄の人々に受け入れてもらえるよう、必死になって仕事をしました。父と同じ職場にも何人か単身でやって来た本土の人がいましたが、長くは続かず次々と本土へ帰っています。その都度父は、沖縄の人の、本土の人間に対する敵意は相当なものがある、と言っていました。
勿論、その「帰ってしまった人々」がどれほど沖縄の文化や価値観を尊重し、どれぐらいの覚悟で来ていたのかはわかりません。確かなのはそのような摩擦があり長くは居られない状況になった、ということです。
父自身もかなり厳しい態度に曝されているということは聞いていましたが、自分が言い出しっぺとなって家族を沖縄へ連れて来た立場としては簡単に「帰る」という選択をする訳にもいかなかったようです。意地になっていた部分があったこと、そしてこの土地での良い出会いに恵まれて、定年退職を迎えるまで、この土地で仕事を全うしています。

母は、沖縄に来てからはずっと専業主婦を通しました。どこかに勤めれば、沖縄の友人も少しは出来て新しい関係を築くことも出来たのでしょうが、不幸なことに、外で神経をすり減らして帰って来る父はそれを認めませんでした。あまり仲が良くない祖母と二人、友人もいないこの土地で家を守る立場になった母がどれほど孤独だったか想像に難くありません。母は今でも、たまに友達が出来たかと思うと決まって本土出身者で、私や姉達のように肌で沖縄の習慣に触れる機会もなかったため、30年以上住んだこの土地のことを未だによく知りません。
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