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まず、はじめに(2) 〜 疎外感、昭和40〜50年代
最初に住む事になったのは、那覇市内にある住宅地、首里です。
県内では閑静な住宅地というイメージがある場所ですが、両親が住み始めた頃は、まだ森のようなところだったといいます。私が外で遊び回る年齢になる頃にはもう立派な住宅街だったのですから、あっという間に開発が進んだことが窺えます。1975年の海洋博覧会を機会に、かなり整備されていったのでしょう。

私はそこで、屈託なく育った、という訳ではありませんでした。当時まだ太平洋戦争の記憶を色濃く残しているお年寄りが沢山いて、本土の人間に対しての不信感が根強く、敵意さえ感じられました。
子供の私にその感情を直接ぶつけることは滅多にありませんでしたが(たまーに、ありました)、門前で近所の子供が「ヤマトンチュー!」と大声で叫んで逃げることが日常的にあったのは、やはり彼等の家庭内において、私達一家に対しての好ましくないという思いが語られていたことが想像できます。
(「ヤマトンチュー」は、今では単に「大和の人=本土の人」という意味の言葉ですが、この頃は侮蔑の意味を込めての使い方をすることが多い言葉でした)

↑あくまで、今から二十年ぐらい前の話です。
今はヤマトンチューなんて言葉は滅多に使わないし、ニュアンスも違います。
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